K君からの贈り物
ありがとう
そして、安らかに・・・
/天使のはしご : 2004年元日 近所の丘より
火曜日の朝、昔の職場の同期Tちゃんからの電話で、
K君の訃報を知らされた。
昨年写真展を見に来てくれた、今も在籍中の同期のS君から
K君が入院していると聞いていた。
K君を元気づけるためにと、私の手作りカレンダーを持って行ってくれたっけ。
つい先日も、その職場の先輩達との飲み会の中で
K君がまだ入院していることを聞いたばかりだった。
あまりにも若すぎる死にショックを受けた。
遠い昔にK君からもらった、今も忘れられないフィードバックがある。
一緒に研修を受けたときのものだ。
合意形成か何かのワークで、熱くなり過ぎ、
自分の意見に固執してメンバーの意見に耳をかさずにゴリ押しをしてしまった私に、
彼は後から「心に余裕がないよ」と静かにフィードバックしてくれた。
暖かく笑顔の絶えないさわやかな人が発したその言葉は、
穏やかな物言いではあったが、私は自分自身に厳しく受け止めた。
心に余裕がなくなると人の意見に耳を貸せなくなる悪いクセは、
恥ずかしながら今もたまーに出てしまうことがある。
そのたびに彼からのフィードバックを思い出し、反省したり自分を戒めたりしていた。
彼はそんな昔のことはとうに忘れてしまっていたかもしれないが、
私にとっては、私自身の課題の一つ、大切な学びを教えてくれた人だった。
「笑顔の人」だった。
いつも穏やかで、暖かい雰囲気の人だった。
遺影は病で痩せていたけれど、やっぱり笑顔は輝いていた。
なんであんなにいい人が・・・と、泣けてきた。
告別式の最後のお別れ、棺に花を入れるとき、
始めは彼の顔を見るのが辛いからと辞退して出口で待機していた。
が、彼からもらった学びを思い出し、お礼を言わないままお別れはしたくないと思い、
部屋に戻り、「やっぱり、(献花)いいですか?」と申し出た。
その様子を見ていた奥さんが、「ありがとう、ありがとう」と泣きながら寄ってきた。
彼女もまた同期だった。
肩を寄せ合って泣いた。
同期の中で一番最初に結婚した二人だった。
同期同士のカップルは唯一だった。
穏やかで笑顔の絶えない二人の門出をみんなで祝ったのに。
難病で長い闘病生活だったらしい。
まだ子ども達も幼い。
きっと、もっともっと生きていたかっただろうに。
彼女が喪主の挨拶をした。
「本日はお足元の悪い中・・・」と定型の挨拶の後、
「本当に幸せな結婚生活でした。夫には感謝しています。
今日は本当にありがとうございました。」
とだけ語った。
泣きながらもそう言い切った彼女は美しかった。
そう言われた彼のような人が亡くなったことが、あらためて悲しかった。
彼女の両脇には、彼そっくりの息子達がいた。
位牌を手に泣きじゃくりながら立っている弟。
悲しみをぐっとこらえながら遺影を持っている兄。
家族・夫婦のあり方について考えさせられるシーンだった。
また一つ、彼から学びのテーマをもらった気がした。
同期もたくさん来ていた。
相手か私がその職場を辞めた以降、一度も会っていない人も少なくなかった。
みんなで悲しみを分かち合った。
過ぎ去った年月などなかったように、「あの頃」に戻っていた。
式の後、同期で少しお茶をしながら、
「彼がみんなを引き合わせてくれたんだよね。
こういう形で再会したのは残念だけれど、
今度また笑顔で集まろう。その時までお互い健康で。」
と連絡先を交換し、再会を誓い合ってお別れした。
式の間中降っていた小雨も、いつの間にか上がっていた。
K君、ありがとう。安らかに・・・。
そして、天国から家族を見守ってあげていてくださいね。